2015年7月6日 更新

やっぱり夏に食べたくなる心太!

 今では夏に限定せずに食べられますが、やはり夏に食べたくなるものです。ところてんは、麦湯、冷水売りと並ぶ江戸の夏の風物詩でした。

奈良時代から食べられていたところてん

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 ところてんは天草(テングサ)という海藻を煮出したもので、古くは奈良時代から夏の間食として食べられていたようです。もっとも奈良時代は海藻のままだったのか、現在のように加工したものか不明だと言われています。現在、よく知られているところてんとほぼ同じ麺状のものが登場するのは1500年頃の資料です。
 奈良時代はところてんを「心太(こころぶと)」と呼んでいました。これがどうしてところてんになったのかもはっきりせず、一説には「こころぶと」が「こころてい」になり、さらに「ところてん」へ変化したのではないかと言われています。

 ところてんの素となる寒天は冬に作られるもので、テングサを煮溶かして固めたものを夜一気に凍らせ、昼に天日で凍った水分が解けて抜けて乾燥して行くのを繰り返して十日がかりで作られます。冬でも晴天が続くこと、そして夜には氷点下に下がり、また昼は7、8度まで気温が上がらなければならないと言う気候の制約が厳しい製造の難しいものだったそうです。「寒天」という名前も寒い中で凍らせる天草、から来たのではないでしょうか。
 この製法が始まったのは、万治元年(1658年)、山城国(現在の京都府南部辺り)伏見の美濃屋太郎左衛門が島津候に出したところてんの残りを店の裏に捨てたところ、凍ったのが湯で元通りに解けたことを知ったことからだと言われています。それから考えると、奈良時代や1500年頃のところてんはテングサを煮溶かしたものをすぐに使っていたのではないかと考えられます。

 このように一旦凍らせたものを解凍して水分を抜いていく製法で保存が利くようになり、時期を問わずに使えるようになったことで料理などにも広く使われるようになりました。また羊羹の製法が煉り羊羹になったのも、この乾物の寒天が出来てからのことです。

醤油?砂糖?きなこ?色々な食べ方があったところてん

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 『守貞謾稿』(嘉永六年、1853)によると、江戸、京都、大坂とも夏に売られていたとあります。京阪では心太を晒したものを水飩(すいとん)と呼び、ところてんは一つ一文、水飩は二文で売り、醤油は使わずに砂糖をかけて食べたとあります。江戸ではところてんが二文、ところてんを晒したものを寒天と呼び、四文で売り、白砂糖、または醤油をかけて食べました。

 現在では寒天を煮溶かして固め、天突き器で麺状にしたものを「ところてん」と呼びますが、江戸時代ごろまでは江戸と京坂で呼び方が違っていたようです。江戸ではところてんにする前の乾物の状態、そして煮たものを寒天と呼んだようです。京阪では乾物を寒天、煮たものを水飩と呼んでいたとあります。
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 珍しいのは文政二年(1819)に京都で刊行された『精進献立集』には「白ほそかんてん水につけて一寸切」と言う記述がありますので、長方形の寒天ばかりでなく、海藻サラダで見るような細い寒天も作られていたのでしょうか。天突き器で突き出したものを乾物にしたのかも知れません。さしみの記述も多いので、ところてんのように煮て溶かしたゼリー状の状態と、乾物の状態からざっと水で戻したものの両方が使われていたようにも思われます。

 江戸時代のところてん売りの内、曲突きを売りにしている者もあったそうです。椀を頭や肘に乗せておいて、空高くところてんを突き出したのをそれで受けて出したと言います。子供などはその曲芸見たさに親にところてんをねだったかもしれません。

(rauya)


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ビデリシャス編集部 ビデリシャス編集部