2015年7月3日 更新

料理茶屋、そして外食の祖。奈良茶飯

 明暦の大火(1657年)以降、江戸で外食産業が花咲きました。そのきっかけとなったのが、浅草金龍山の門前に出来た奈良茶飯屋だと言われています。これ以降、ふり売りや簡素なよしず掛けで食べ物を売る店があちこちにでき、それまでは茶の一杯すら飲むことが出来なかった江戸の町は一変しました。江戸時代も末期になるとどこへ行っても何かしら食べ物を売っており、買い食いは行儀が悪いと避けていた武士ですら、この頃になるとそれを楽しんでいた模様です。では、その奈良茶飯とはどんなものだったのでしょうか?

寺の茶粥から始まった奈良茶飯

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 名前にある通り、奈良のお寺で作られていた茶粥が発祥のようです。奈良茶飯は奈良茶漬とも呼ばれ、塩で味をつけたお茶でご飯を炊くもので、一緒に炒った大豆などをいれました。炊き上がった飯を茶碗に盛り、更にお茶をかけて食べます。
 浅草寺の門前に出来た奈良茶飯屋は、茶飯に豆腐汁、煮豆、煮染め等を乗せた膳、一人前銀五分で提供したと言います。銀四分で一両ですから、おおよそ金一両以上、ざっと銭に換算すると、五〇〇〇文程もした相当に高い料理だったと思われますが、珍しさの余り大勢の人が食べに行ったそうです。
 その後この元祖ともいうべき店は無くなってしまいますが、江戸の町中に多くの奈良茶飯屋ができ、三十六文から四十八文、高くても七十二文ほどで食べられたそうです。江戸のガイドブック、『江戸買物独案内』(文政七年、1824)や、『江戸名物酒飯手引草』(嘉永元年、1848)には奈良茶飯、御茶漬の名前で何十軒も名前が挙がっています。おまけに同じ町内に二、三軒、茶飯屋あったりとこの茶飯が流行っていたことが判ります。

 この流行ぶりは江戸市中だけにとどまらず、あちこちの宿場でも奈良茶飯を提供する店ができ、名物の一つにもなりました。特に東海道の川崎宿にあった『万年屋』が有名でした。幕末ごろの江戸の食文化の一端を覗くことができる『幕末単身赴任 下級武士の食生活』では、江戸に出てきた紀州藩士が横浜の異人見物に出かけた際、川崎の万年屋で茶飯を食べた記述が出てきます。

茶飯は緑茶か?

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この炊くときのお茶と後でかけるお茶ですが、江戸時代は総じて緑茶、煎茶だったようです。『料理伊呂波包丁』(安永二年、1773)では「いかにもよきせんじ茶をとくとせんじて……」とあり、良いお茶で炊くのを良しとしていました。
 その三十年後の享和元年(1801)に刊行された『料理早指南』では並のお茶を煮出して飯を炊くのが普通だが、良いお茶と並の茶を焙じたものを混ぜてもよしとあります。

 その翌年に刊行された『名飯部類』(享和二年、1802)といういわゆる炊き込みご飯ばかりを紹介する料理本では、茶で炊いた飯に極上の煎茶をかけて食べるとあり、時代を追うにつれて食べるときに掛けるお茶を良い茶にするように変わっていったように見受けられます。
 また飯と一緒に炊く時に、煎り大豆、栗、ささげ等を入れたりもしたようです。味付けは基本的に茶に塩だけで炊きましたが、やはり醤油と酒を少し加減すると味が良くなる、という記述も見受けられました。
 現在でも発祥の地、奈良県では奈良茶飯を出すお店が残っているようです。機会があれば食べに行って、江戸時代に初めて奈良茶飯を食べた人はどう思ったのか、いろいろ想像してみたいところです。

(rauya)

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ビデリシャス編集部 ビデリシャス編集部