2015年6月19日 更新

銚子はどれ? 徳利とは? 江戸時代に使われていた酒器

江戸時代に入ると磁器、漆器ともに技術があがり質の高いものが作り出されて、昔の素焼きの器からは考えられないほど意匠に凝ったものがつくられるようになり、今の時代にも継承されてきています。

江戸時代に主に使われていた酒器

足成 (6144)

樽が運搬に使われていました。
薦樽(こもだる)は四斗樽(しとだる)とも呼ばれている、主に輸送に使われた流通のための器です。木の板を円形に並べ、竹の箍(たが)でしめた上に、薦を巻いて運搬時に破損しないようにしたものです。薦被りとも呼ばれています。
photo AC (6146)

角樽(つのだる)も運ぶために使われていたものですが、目的としては贈答用、特に祝儀などめでたい場合に使います。桶の手を角のように大きくし、上を赤漆、下半分を黒の漆を使った樽で、容量としては一升から三升程度が入るものだったようです。角樽でない普通の木製の手樽もありました。酒屋で新しい樽を買う事も出来ましたが、通常の樽は貸してもらうものだったようです。

指樽(さしだる)も運搬用の器です。箱型の器は円形の樽が出来るまでよく使われていたようです。こちらも贈答用に主に使われたようで、主に黒漆が使われていたそうです。『守貞漫稿』(嘉永六年、1853年)にも近頃まで使っていたが最近はすっかり廃れてしまったが、古道具屋などに行くと時々見かける、と書いてあり、円形の樽を作る技術が向上しこれにとって代わられたのではないかと思われます。
筆者 (6148)

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徳利は主に酒屋から五合、一升ほどの酒を買う時に使う容器で、酒屋から借りるものです。別名『貧乏徳利』とも言います。

酒を注ぐ器

筆者 (6151)

酒を注ぐ器としては、瓶子(へいじ)、銚子、燗徳利などがあります。
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瓶子(へいじ)は元々土器で、のちに錫製になりました。元々はこれから酒を注いでいました。写真は提げ重と言う重箱と酒器を運ぶ取っ手のついた外箱についている瓶子です。外箱式の提げ重は漆塗りに梨地(なしじ)の豪華なもので、上級武士や裕福な商人などが遊山などに出かける時に使いました。

※梨地…器物の表面に漆を塗り,金,銀,錫などの梨地粉を蒔き,その上に透明漆を塗って粉の露出しない程度にとぐ技法。
photo AC (6153)

銚子(ちょうし)は燗徳利と混同されますが、元々は銅製の直接火にかけて燗をつける鍋に注ぎ口がついたものが、小型化しました。また材料も漆器等に変わり、“ちろり”や“たんぽ”、燗徳利などで燗をつけたものを、銚子に注ぎ変えて用いるようになりました。神道での婚礼には長い柄のついた長柄銚子が使われ、正月の屠蘇には土瓶型のものが用いられます。本膳料理等の改まった席では銚子で酒を供していたそうです。
筆者 (6155)

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燗徳利は現在でも馴染みのある酒器だと思います。燗は元々直火にかけていましたが、磁器の発達と酒造の技術があがったことで、器を湯につけて燗をつける方式に変わっていきます。始めはこの燗徳利を燗銅壺で燗をつけ、銚子に注ぎ変えていましたが、後年は高級な料理茶屋でも燗徳利のまま酒を出すようになりました。

ちろりは燗酒をつける道具の一つで、銅製、錫製などで作られています。筒状で上部に銚子のような注ぎ口と取っ手、ふたのついたものです。これも湯に入れて燗をつけました。元々は燗徳利やたんぽ同様燗をつけたあとに、別の容器に入れ替えたのですが、江戸中期から後期に安価な居酒屋が江戸中に出来ると、このちろりのまま酒を出したそうです。筒状の形状が多いですが、途中から少し幅が狭まっているものもあり、一説には囲炉裏の灰に埋めて燗をつけた名残とも言われています。
筆者 (6157)

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ビデリシャス編集部 ビデリシャス編集部