春のおかずとして人気だった「のっぺい」「マグロのきじ焼き」
おかず番付『日日徳用倹約料理角力取組』は、江戸時代のおかずの人気ランキングともいえる物で、江戸の人たちが普段何を食べていたのかの一端を知ることが出来ます。
今回は、春のおかずとしてランクインした「のっぺい」「マグロのきじ焼き」の二品をご紹介します。
今回は、春のおかずとしてランクインした「のっぺい」「マグロのきじ焼き」の二品をご紹介します。
via www.ashinari.com
のっぺいにマグロ。暖かい春には不向きな料理のような気がしますが、新春という言葉があるように、江戸時代は新年を迎えると季節としては春でした。旧暦が使われていたので、現在の暦に照らし合わせると二月半ばに新年(春)を迎えていたことになります。そのため、春とはいえまだまだ寒かったことでしょう。
のっぺいって何?
のっぺいは野菜と鳥肉や魚などを煮て、葛などでとろみをつけた料理です。現在ではのっぺいといえば、具沢山でとろみのついた汁物ばかりが紹介されますが、江戸時代に紹介されているのっぺいは煮物でもあり汁物でもあったのではないかと思われます。
『和漢精進料理抄』(元禄10年、1697年)では笋羹(しゅんかん)の項で紹介されています。笋羹はもともと普茶料理(ふちゃりょうり。黄檗宗に伝わる中国風の精進料理)に出てくる献立の一つで、季節の野菜を炊き合わせた煮物のことです。
普茶料理にはごま油と葛を使いますので、のっぺいにもとろみがついていたことが想像出来ます。
のっぺいについて調べると、現在は各地にある郷土料理でとろみをつけた汁物と言う紹介がほとんどですが、新潟の「のっぺ」は煮物として紹介されていますので、元々各地にあった煮物や汁だった料理が精進料理として洗練され、またそれが各地へ逆に伝わって、それぞれが作りやすい形で発展したのではないかと思われます。
のっぺいについて調べると、現在は各地にある郷土料理でとろみをつけた汁物と言う紹介がほとんどですが、新潟の「のっぺ」は煮物として紹介されていますので、元々各地にあった煮物や汁だった料理が精進料理として洗練され、またそれが各地へ逆に伝わって、それぞれが作りやすい形で発展したのではないかと思われます。
汁であっても煮物であっても、とろみがあり熱くして出したのっぺいは、寒い日には最適な料理だったのではないでしょうか。
マグロのきじ焼きについて
江戸時代、マグロは「下魚」であまり好まれなかった、と言う話を聞いたことがあるかと思います。大昔からマグロ自体は食べられていたのですが、あまり好まれていませんでした。これはマグロの鮮度が落ちていくのが早いためと、鮮度を保つために活きたまま運ぼうとしても、余りに大きすぎてそれが出来なかったためです。また、この頃常識であった塩漬け処理をすると風味が落ちたこともあり、下々の人の食べ物とされていました。
マグロが好まれるようになったのは、刺身にして醤油に漬け込み、それを握り寿司に使ってからだと言われています。
また、「きじ焼き」は、いわゆる醤油の付け焼きを意味します。『嬉遊笑覧』には元々は塩焼きだったのではないかと書かれていますが、甘辛の醤油だれで照り焼きにするのもきじ焼きと呼ばれています。これらは、元々は鳥である「雉(きじ)」そのものを焼く、煎り鳥料理などからそう呼ばれるようになったようです。