2016年11月29日 更新

牛タンだけじゃない! 江戸時代から続く「仙台駄菓子」の素朴でほろ甘い歴史

牛タンや笹かまの影に隠れて、あまりその存在を知られていない「仙台駄菓子」はご存知ですか?江戸時代から脈々と受け継がれている、伝統的で素朴な仙台駄菓子の歴史について触れてみましょう。

仙台菓子が生まれた理由は「兵糧」だった

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仙台駄菓子の歴史を紐解いていくと、伊達政宗公が活躍した江戸時代までさかのぼります。

戦国時代から江戸時代にかけて活躍していた伊達藩の携帯用食料や、戦中の兵糧(ひょうろう)として作られていたのが「糒(ほしい)」でした。きびやお米などを乾燥させて固まったものは、形を整える前の「雷おこし」のような状態になります。当時、この糒の作り方は門外不出でした。

しかし、戦乱が収まってくると、今度はこの糒を家臣や町民にも払い下げるようになりました。これは「仙台糒」とも呼ばれ、町民たちは仙台糒に胡麻やきな粉で味付けをして、美味しいお菓子を作りはじめるのです。これが、今なお受け継がれる仙台駄菓子の原型となりました。

伊達藩の城下町で生まれた「雑菓子」

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伊達政宗は茶の世界にも精通していたので、伊達藩では茶の文化とともに菓子も盛んに作られていました。

当時は幕府の抑圧によって、白い砂糖を使うのは貴族階級が食べるもののみに制限されていたため、町民たちは黒砂糖を使った菓子しか口にすることができませんでした。黒砂糖を使ったお菓子は「雑菓子」と呼ばれていましたが、「粗悪なもの、つまらぬもの」を意味する「駄」をつけて「駄菓子」と呼ぶようになりました。

菓子屋の中でも、上菓子屋や飴屋などに比べれば一番地位が低かった駄菓子屋。しかし、庶民に一番近く、多くの子供たちにも愛されてきた身近な菓子屋として今なお愛されているのも駄菓子屋なのです。

現在の仙台駄菓子はどんなものなの?

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駄菓子の原型となる糒は、現代ではお米を使って作られています。その代表ともいえるのが「おこし」です。

他には、きな粉や胡麻、粟(あわ)などを使った「ねじり菓子」、くるみを使った「ゆべし」、小豆を使った「あんこ玉」、黒砂糖を使った「兎玉」などがあります。季節感を演出する彩りや形、味わいも楽しめますし、今でも贈答品やお土産として人気があります。

若い世代の人にとってはちょっと物足りないかもしれませんが、素材の味をしっかり感じられる素朴な甘みが程好いので、お茶請けにもぴったり。駄菓子は家族みんなで楽しめる庶民の味なんです。
駄菓子というと、昔、学校帰りに寄った駄菓子屋さんのイメージから、紐飴やスナック菓子、小さな箱に入ったガムなどが思い浮かぶ世代の人もいると思います。仙台駄菓子も元々は子供のために作られたもの。駄菓子は時代を超えて日本の歴史を感じさせてくれる素敵なお菓子ですね。


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ビデリシャス・ジュニアライター ビデリシャス・ジュニアライター