2017年6月14日 更新

アメリカの食文化をいちはやく紹介した“ポップ”なファミレス「デニーズ」誕生のひみつ

アメリカ発。「コーヒーショップスタイル」のファミレス「デニーズ」VOL.1

閉店時は連日のように大にぎわいだった

閉店時は連日のように大にぎわいだった

カップの底を見せない「ボトムレスコーヒー」

「コーヒーショップスタイル」という意味では、店員が常にテーブルを巡回し、「コーヒーのおかわりはいかがですか?」と声をかけるサービスも斬新だった。

これは「ボトムレスコーヒー」なるサービスで、いわゆるコーヒーカップの底を見せないよう、コーヒーのおかわりをおすすめするというもの。
自慢のコーヒーはテーブルでサーブされる

自慢のコーヒーはテーブルでサーブされる

「それまで日本にはなかったサービスなので、追加料金を取られるんじゃないかと慌ててカップを手で押さえるお客様もいらっしゃったそうです(笑)」

おいしいコーヒーをたくさん飲んでほしいという思いから導入したサービスだが、一方でこれによって客との会話のきっかけが生まれるなどのメリットもあったそうだ。

「日本の喫茶店で出されるアメリカンコーヒーは、ブレンドを薄めたものもあったそうですが、デニーズでは本場アメリカ同様、専用の豆を使っていました」

客がのんびりとくつろげる場所を提供したわけだが、こんな逸話もある。荒井由実時代のユーミンはファミレスでほかの客の話をネタに作詞したといわれているが、その店こそ、世田谷区内のデニーズだという説が濃厚なのだ。

メニューブックを彩った人気クリエイターたち

デニーズといえば、80年代から90年代にかけてのポップなメニューブックデザインが強く印象に残っている。

80年代、これを最初に手がけたのは鈴木英人。FM情報誌『FM STATION』の表紙を長く担当したイスラトレーターとしても知られている。
ポップなメニューブックシリーズの幕開けは鈴木英人バージョン)

ポップなメニューブックシリーズの幕開けは鈴木英人バージョン)

その後、浅井慎平(写真家)、日比野克彦(美術家)、ヴィム・ヴェンダース(映画監督)、とそうそうたる顔ぶれがメニューブックを彩り、90年代もジェームズ・リジィ(画家)、江口寿史(漫画家)と続く。

「1992年から1997年まで描いていただいた江口寿史さんのものなど、今でもあの頃のメニューブックを懐かしんでくださる方も多く、当時の最先端をゆくアーティストの方々にご協力をいただいていました」
大きな話題を呼んだ江口寿史バージョン

大きな話題を呼んだ江口寿史バージョン

なお、人気クリエイターによるメニューブックは一度途絶えたが、2000年代に学生の才能を見出そうという試みで公募スタイルになったこともあるという。

「コーヒーショップスタイル」のレストランチェーンとして誕生したデニーズ。現在、北は福島、南は兵庫まで約380店舗を展開している。同エリアに集中的に出店することで地域に根付くというドミナント戦略を取っているのが特徴だ。

デニーズは、アメリカ直輸入の食文化をいちはやく紹介したポップなファミレスチェーンだといえる。
そんなお話を伺った後、デニーズに立ち寄ってみる。注文したのはコーヒー。グァテマラの標高1350m以上でのみ採れる最上級豆をベースに、アラビカ種豆のみをブレンドしたオリジナルコーヒーだ。このクオリティでお値段235円(税込)。飲み干す直前に店員さんから「新しいコーヒーをお注ぎしましょうか?」と声がかかる。もちろん、何倍飲んでも同じ値段。「コーヒーショップスタイル」レストランの矜持は健在だった。
取材・文=石原たきび
編集=大狼章弘
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ビデリシャス編集部 ビデリシャス編集部